明治神宮書道展の参加賞と鉛筆

明治神宮でおみくじを引いた方のblogを読んでいて,そういえば,小学生のときに出した明治神宮書道展の参加賞であった鉛筆にもお歌が書かれていたなーーーと思い出しました.

ごそごそ....探してみると出てきました!

  • 明治天皇お歌
    • 目に見えぬ 神にむかひて はぢざるは  人の心の まことなりけり
  • 昭憲皇后お歌
    • みがかずば 玉の光は いでざらむ  人のこころも かくこそあるらし

明治神宮書道展に出していたのは小学生だと思いますから,15〜21年前のことでしょう.まだ持っていた自分に驚きです.


なぜ15年も前のものが手元に残っていたのか「書くもの」に対して思考が飛んでいく私,,

私の場合,小学校高学年,もしくは中学生の頃から通常のノートをとるといった書き物作業はシャープペンシルを使うことにシフトしていきました.そのため使い切ることはなかったようです.

小学校1,2年生の頃,シャープペンシルは使用禁止と言われていた記憶があります.担任の先生はベテランの先生で躾にとても厳しく,子どもだからといって様々な物事の理由を端折ることなく説明し,生徒の一人一人ときちんと"人"として向き合っていらっしゃったように思います.*1

閑話休題.鉛筆については,確か,まだまだ成長期,きちんと書くための基本を作るには鉛筆が最適であるからという理由だったように思います.その頃は削る必要のないシャープペンシルに憧れのようなものを持っていました.

学年が上がっていき,5,6年になったころにシャープペンシルを使い始めたと思いますが,「鉛筆」という道具の価値が私の中に確立されていたために捨ててしまうこともありませんでした.

鉛筆で文字を書くことでシャープペンシルでは出せない文字の表情を出すことができます.手をかけないとならない面倒さはあるものの,書くものとして他のものの追随を許さない魅力があると思います.

そして現在も私の手元には使用中・未使用含めて1ダースくらいの鉛筆が手元にあります.普段使いは便利さを取ってシャープペンシルですが,落書きや考え事をするとき,ただ書くだけのときなどに鉛筆を使っています.使用頻度が低いために殆ど消耗することもなく以前に貰った鉛筆たちが引き出しの中にスタンバイしています.鉛筆削りも携帯用の小さなものしか持たず,ナイフで削っています.

そういえば,別の書道展の参加賞でいただいた鉛筆にはこんな句があったというおぼろげな記憶があります.(これは見つからず)
銀(しろがね)も 金(こがね)も 玉もなにせむに まされる宝 子にしかめやも  山上憶良


思いもかけないところから随分話が飛んじゃいました(^^;

*1:そういえば教室を走り回ってぴんたをくらったことも..今,思い返せばその先生は教育に対してご自分の確固たる考え方や想いがあったのだろうと感じます.